社会人博士体験記① 地方国立大卒企業研究者が社会人博士を目指した理由

社会人大学院体験記
著者紹介:Nekoace(猫壱), PhD, MoT
電機→素材と転職をまたいで一貫して新規事業畑。 モットーは「組織で唯一無二のポジションを取り続ける」&「社内政治を科学する」。 社会人博士で培った専門性を使った技術コンサルと、新規事業プロマネが得意。学位取得をきっかけにSNSでの情報発信を開始。
【経歴】 修士(理学) ⇒ 電機メーカーにて研究職10年(在籍中に工学博士と技術経営修士をダブルスクールし取得) ⇒ 素材メーカーにて開発職(Now!!)X
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いつも応援ありがとうございます。Nekoaceです。 Nekoaceは、新卒入社一社目の日系大企業で社会人博士に進学しましたが、シリーズ記事で、社会人博士の生活のリアルを残していこうと思います。 今回の記事のポイントはこちら

  • 「社会人博士課程に興味がある方」「サラリーマンでももっとハードワークできるぞ!と感じている方」に対してケースを提供すること
  • 会社には社会人博士の派遣制度があるので、学生さんは狙いの分野を定めて就活するのが吉!
  • 博士派遣は入学まで時間がかかる。長期のキャリアプランをイメージしておこう!

第一回ということで学生時代の就職活動の過程を通して、なぜ社会人博士進学という決断に至ったのかの前日譚という形になります。体験記という特性上、日記風の記事になります。社会人生活する中で博士進学した方も多数観測しているのでそのあたりも踏まえて最後に総括していますのでよろしければご笑覧ください。 もし、会社に入ってからのことを知りたければこちらから。

博士課程入学から知りたければこちらから読んでいただけるといいかもです!

地方国立大卒企業研究者が社会人博士を目指した理由

プロフィール見て頂けると分かると思いますが、Nekoaceは博士号、MOTいずれも社会人で取得しています。元々は理学修士取ってすぐ会社入っていますので、入社してから段々と人と異なるキャリアを歩んだことになります。。。
が、何も自分が特別と思ったことは無く、いまだに自分よりも優秀な人に圧倒される毎日ですし、日々精進しなければと自省する毎日です。ただ、博士号取得と取得後の転職活動によって、現在は自分の専門を活かして働けており、幸福度は高いです(↓この記事に詳しいです)。

このきっかけは間違いなく社会人博士にあるのですが、今振り返ると一社目の企業入社時からなんとなくは博士進学をイメージしていたと思います。今回はこの辺り、当時何を考えていたか、というところにも重点を置きながら書き残していきたいと思います。

最初の学生時代を振り返る

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もう10年以上前になりますね。
Nekoace が所属していたのは、地方国立大学(非旧帝)で、学部は理学部物理学科でした。当時は今と違い、理学部は「就職無理学部」とか言われていた冬の時代で、同期の半数程度は教職課程を取って教員になる時代。今の学生さんはかなり企業就職しているようで大変羨ましいです(今、理学部はデータサイエンスで引っ張りだこのようですね)。

当時からなんとなくですが、技術で社会貢献したいという気持ちがあったようで、でも何を学べばいいか分からない。
「うーん、どうしよう」と悩んだ結果、「基礎学問に進んでおけば間違いない」と予備校の恩師に言われた言葉を信じて、理学部物理学科の門を叩きました(当然、企業就職するなら工学部の方が当時は良かったので就職活動時点では大変恨めしく感じましたが)。

それと同時に、研究者というものに憧れもあって、「大学院に行って研究者になる」ということは当時からぼんやりと意識していた記憶があります。周囲の親族含め大卒がいなかったためということもあるのですが、大企業に入って働く具体的なイメージがどうしてもつかなかったので(笑)。

一方で、文系分野も好きで歴史が好きでしたし、小説も好きだったので、大学には行かずに小説家になろうか、とか青年海外協力隊に行こうかとか真剣に検討してました。結局、そこまで冒険する理由もなかったので滑り込んで国立大学に入った感じです。

ただ、当時から自分で考えて行動するのが好きだという感覚があって、事業立ち上げとかはやってみたいなあ、と思っていました。でも、教員にはなる気はなかったので、教員免許はとってません。

初めての研究生活

さて、就職というものを多少なりとも考え始めたのは学部4年生で研究室に入ってからかもしれません。専攻したのは物性物理で、セラミック材料の研究をしていました。

この時には、どうやら大学を卒業すると入社式というものがあって、会社に入って働くらしい、ということが分かってきた時期です。今の学生と比べるとインターンシップとかも無い時代でしたし、大学も地方でしたので情報量も少なく、だいぶぼんやりしていたな、と思います。

理系だと電機メーカーとか自動車メーカーとかが採用人数が多いんだなあ、そしてしっかり研究してれば会社に入っても研究できるらしい。それは凄い、頑張ろう!そんな感じです。

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研究というものは性に合っていたようで、毎日楽しんで出来ました。周囲からは比較的大変な研究室と思われてはいたようですが(確かに師匠は偏屈だった気も・・・)、熱しやすい性格でもあるので世界初を目指すという研究の大目的に対して前向きだったのだと思います。

実際に教員から与えられたテーマも、特定のアプリケーションに向けた新材料探索で、材料ノウハウは研究室にあるので頑張れば新物質剛性に手が届く類のものでした。 毎日一生懸命論文を読んで、だれよりも早く実験を覚え、一人で黙々と研究を進めていました。材料合成にかける時間が長かったのですが、実験で使うロータリーポンプの調子が悪いとその横で寝袋を敷いて一晩中実験を見守ったこともあります。

そんな生活をしていると当然ですが、一生研究しているのもいいかもしれない、と思ってきます。 しかし、(なんとなくわかるかもしれませんが)そんなに裕福な家でもなく、これ以上学生生活を続けるのも難しい。

さて、どうしたものかと考えました。 そんなとき、何の本だったか、著者紹介のところに、大学卒業から年を置いて博士号取得している方がたくさんいることに気づきました

そしてもっともっと調べていくとどうやら社会人博士というものがあり、社会人として数年(もしくは数十年)働いたのちに大学に戻って博士になるケースがあるようです。 そこまで知った時点で自分の進路が決まりました。

「博士を取れる会社に行こう」

研究職を目指した就職活動。博士取得したいなどと言えるわけもなく。

企業選びの方針が決まったところで、企業研究です。

これはかなり時間を掛けました。 元々分析が好きなのもあると思いますが、業界地図就職四季報が愛読書になりました(それぞれリンク貼ってます。これは絶対に買って損しないやつです)。

特に四季報は気になった企業片っ端から付箋付けてスクリーニング(ハリネズミのように)。

次に、勤務地/業務内容/難易度等々で二次スクリーニングで残ったのがおそらく200社程度。

、どんな業界があるのかなーとパラパラやって、関東近郊で物理系の採用が多いところ、ということで、精密だったり電機系の会社がいいな、ということで集中して受けました。

「就職無理学部」の中でも物理の物性系だったので、まだ就職の機会は多かったはずです。同じ理学部でも当時から化学系はもっと就職し易くて、生物とか地学はかなり厳しかったようですね。今と多分あまり変わりません。

今の学生さんなら、ワンキャリアとかの口コミサイトが中心になるんでしょうか。Open Work みたいなサイトも含め情報が多くていいですね。それはそれで情報量が多くて大変そうですが。

当時はリクナビとかマイナビ全盛でした。今は当時よりもプラットフォームが増えていてやはり大変と思いますが、当時からあるアカリクさん(↓)みたいな院生特化の老舗は登録しといて損ないと思いますので是非。

【アカリク】登録フォーム

Nekoaceの場合は、幸いにもいくつかの企業から内定をもらって、最終的にはその中で一番経営がやばそうなところを選びました。そういった会社が自分が本当にやりたい新規事業への本気度が高いだろう。だから、事業立ち上げするチャンスも多いだろう。ということで。

この仮説は半分あたりで半分外れかなあと。
1番経営がやばそう、というだけあって、一社目の会社では色々とさせてもらいました。ボトムアップな社風の会社でしたので、比較的提案が通り、若いうちにリーダーやマネジメントに近い仕事もさせてもらってとてもためになりました。

しかしながら、一番経営がやばそうな”大企業”を選んでしまったことに起因するのですが、意外と既存事業がしぶとくて売り上げが落ちない。

これはこれでいいことなんですが、組織慣性によって、既存事業から技術的、サプライチェーン的なケイパビリティが外れた事業、つまり新規事業がなかなか事業化できないという苦しみを味わいました。

考えてみると、”経営がやばそう”ということは”破綻はしていない”わけで、組織として縮小均衡に陥っている場合はしょうがないんですよね。まあ、いろいろありましたが、無事就職活動は終えることができたわけです。

入社時の立志

入社時に抱いていた人生設計です。

私なりに新規事業ってなんだろうかと考えていたわけですが、最初の方針として、ざっくりの人生設計を作りました。

それは、
ライフイベントを早めに終わらせて、10年単位で二回事業化にチャレンジする
ことでした。

つまり、
二十代に結婚と社会人としての基礎作り(とは言ってもそれが具体的に何を意味するのかは分かっていない)、三十代で一度目の挑戦、四十代で二度目の挑戦、五十代で独立
です。

新規事業って研究→開発→量産の一連を自分でやると短くても5年、長くて10年くらいかかるかなあと思ってのことで、10年単位で違うことをやってどっちかで成功すればいいかなあという感じです(結果的にこの目論見は甘かったと言わざるを得ない)。

社会人博士を目指す人の共通項

会社に入ってからですが、社会人博士を目指す中で(詳細次以降の記事ですが)同じく博士進学目指す多くの方にお話伺ってきました。

実のところ、そうした方は入社した段階で博士課程を一度はイメージしたことがある方がやはり多いようです。最近は大手企業中心に博士学生の優遇措置が良くニュースでも取り上げられます。学生時代にイメージしたことはその後社会人生活する上でも必ず意識の中に入ってきます。

昨今は博士進学希望する学生がますます増えているように感じますが、これから入社される方は一度自分の今後のキャリアを考える中で博士課程というものを検討されてみてはいかがでしょうか? 博士進学者の特徴については色々とネタもありますのでまたどこかで書くことにします。

今回はNekoaceの実体験ということで、また次の記事もお願いします。

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最後に

この体験記のシリーズはこのように日記風で残していく予定です。Nekoaceのアイデンティティを書いてく上で必要な気がしたので書いています。 次もどうぞ↓。

Nekoaceは社内起業が専門ですが、そのために必要な社内政治と合わせてノウハウを詰め込んだnoteを書いています。ご興味ある方は無料部分だけでもどうぞ。

社会人やりながら博士(工学)、専門職(技術経営、MOT)卒業した大学も有料で公開しています。ご興味ある方はあわせてどうぞ。

 

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